第3章 一章
十傑達の秘書を務めている水志先輩は、止める間も無く、半ば投げつけるように鞄を男に押し付けて出て行く。
ご丁寧に顔面に当てて・・・だ。
あまりの華麗な無駄のない、容赦ない動きにえりなは内心驚いていた。
見た目、穏和な容姿に似合わず、かなり過激な先輩だとつい先程、電話越しの相手にかなり悪態ついていたので記憶に新しいし理解はしていたとしても、だ。
「やれやれ、すまなかったね?わざわざ知らせてくれたのに」
やんわりとこちらに・・・顔を向けて微笑む男は浮世離れした美しさのある男。・・・鼻先が赤くなっている。見たところ目上の人で、先輩とは顔立ちが似ても似つかない。
「いやいや、病院行かないなんて聞いたら流石に・・・ね。君が来るとは思わなかったけど」
とはいえ、わざわざ電話で様子を聞いて、すぐに駆けつけてくれたあたり悪い人ではない、と、思う。
因みに電話をしてくれたのは折敷先輩で、電話をする事に関しては満場一致で可決された。
「お目付役だと、言いくるめられる可能性が高いからね。アレでかなり甘いからね。それに生憎、留守番組は外に出せる人柄ではなくてね。」
「へぇー珍しい、チビちゃんのお目付役の長谷部さん達や出不精の大典太さんまでいないなんて」
折敷先輩は少し驚いたような顔で、人名をあげる。
一部人名らしくないが。
「ああ、行方知れずで朝から皆、探し回っていてね。
あと少し連絡が遅かったら、こちらに来ていたかもね?」
にこやかに笑っているがその笑顔は偽物めいていて、その言葉を聞いて折敷先輩はとても青褪めた顔をしていた。
「そ、それは少し、いや、大分困るかも・・・ね。」
「ああ、だから本当に助かったよ。改めて礼を言うよ。
さて、そろそろ迎えに行ってくるよ。戻ってきたら呼び止めておいてくれるかい?まぁ、多分こちらには来れないだろうけど」
そう言って優雅に手を振って、その場を後にする男。
「って、道案内しないと」
扉が締められた後思い出すように紀ノ国先輩が立ち上がるも、扉を開けるとそこには誰もいなかった。
ふと、花の香りがした。
少し時期が過ぎ、散ってしまった筈の桜の香りが・・・