第11章 もう二度と戻らない
ヒリヒリする頬や鼻を我慢して、私は兵長にお礼を言った。
それを聞いているのか聞いていないのか、反応の薄いまま兵長は私の隣にドカッと腰を下ろしてくる。ギシギシとベンチが音を立てた。
「眠れねぇのか?」と、ボソリと問われて、私はコクリと頷いた。
「はい……」
そんな私の返事を聞いて、兵長はベンチの背もたれに思い切りもたれると、空を見上げて言った。
「そうか。俺もずっと眠れねぇ。だが、人間眠らなくても案外大丈夫なものだ。
眠くなった時に寝りゃあいい。ただし、地面に足がついている時だけだがな」
そうしねぇと、もれなくお前の頭頂部の毛が無くなるだろうよ、と言葉を続けた兵長に、私はどんなリアクションを取ったらいいのか分からずに、固い表情のまま口角を上げた。ちゃんと笑えているのだろうか…。
多分、立体機動の時のことを言ってるんだよね…?
そんな私を無言で一瞥した後、兵長は私の手元にあるスケッチブックに目を落とした。
「……また絵を描いてやがったのか?こんな真夜中に」
「はい…申し訳ありません。どうしても眠れなかったものですから……」
私は、描きかけのおばさんの肖像画を見下ろして、また鼻がツンと痛くなった。
スケッチブックを抱え込んで泣いていたせいで、私の涙でところどころが滲んでしまっていた。
「それは誰だ?」
兵長が尋ねる。
私はどこまで詳細に話すべきかと考えながらも、ポツポツと、おばさんが自分にとってどのような存在の人だったのかということを説明し始めた。
意外にも兵長は時折質問を交えながら私の話を聞いてくれて、気が付けば、幼い頃のライデンとの思い出についてまで話していたのだった。