第11章 もう二度と戻らない
「おい、具合でも悪いのか?」
突然聞こえた、ささやくような低い声と共に、そっと背中に置かれた手に、私はびっくりして顔を上げた。
え…ライデン……?
涙で霞む目をゴシゴシとこすって、まだぼんやりとしている人影に目を凝らした。
次第に明瞭になっていく姿に、私の口からは驚きの言葉が転がり出た。
「……リヴァイ兵長…?」
私の傍らに寄り添うようにして膝をついて背中に手を当ててくれていたのは、リヴァイ兵士長だった。
ポカンと口を開けて見つめている私の顔を見て、兵長は少し眉を寄せる。
「なんってツラだ……」
そう言って兵長は、首に巻いていたクラバットを引き抜くと、ゴシゴシと私の顔を拭き始めた。
まるで窓でも拭くかのようなやり方に、頬や鼻が擦れて痛い。
「ぶっ…、へ、兵長っ!あのっ、大丈夫ですっ!」
これ以上、人類最強の兵士にゴシゴシと力いっぱい拭かれたのでは、顔面の皮がズル剥けになってしまうかもしれないと恐怖を感じて、私は慌てて身体を起こした。
離れていった私を怪訝そうに見つめながら、兵長は涙と鼻水でぐじゅぐじゅになったクラバットを丸めた。
「…汚ねぇな……」
そう言って舌打ちをした顔が、ものすごく迫力があって、私はヒュンッと心臓が縮まるような気持ちがした。
「も、申し訳ありませんっ!兵長のお洋服を汚してしまって…。弁償します」
私は、自分から出た液体でじっとりと湿った布の塊を受け取ろうとした。
だが、それを持っているのとは反対側の兵長の手が伸びてきて、私の手を軽く押しとどめる。
「いや、気にするな。俺は綺麗好きだから、汚れているものを見るとつい拭き取りたくなっちまう」
汚れているもの…という言葉を聞いて、やはりさっき感じた「窓を拭くように」という感覚は間違っていなかったのだと、なんだか妙に納得してしまった。