第11章 もう二度と戻らない
「……大丈夫か、ローザモンド」
瞬きもせずに硬直して立ち尽くしている私に、班長は異変を感じたらしく、心配そうに声をかけてくれた。
「はい…だいじょうぶ、です。教えてくださり…ありがとう、ございました」
それだけを喉の奥から絞り出すので精一杯だった。
私は…泣けばいいのか、叫べばいいのか…それとも泣き叫べばいいのか…、何も分からなくなった。
どこに自分が立っているのかも分からなくなった。私は今、何をして、どこに立っている?今聞こえてきたことは、現実のことか?
硬直したまま動かない私のことを心配そうに見つめながらも、無理に動かすことはしないで、班長はポンと軽く私の肩に手を乗せて言った。
「……何かあったら、いつでも俺に声をかけろ。午後の作業には少し遅れると、お前の上官には伝えておく」
そう言って、カツカツと去っていった班長に、敬礼を返すこともできないまま、私は前を向いて立ち尽くしていた。
〇
夜、どうしても寝付けないので、私は中庭で絵を描こうと思い立ち、こっそりと部屋を抜け出した。消灯時間を過ぎた今では、待合室は真っ暗だからだ。
今日の昼過ぎに班長から話を聞いて以降、自分がどうやって業務に戻って、何の作業をしたのか全く覚えていない。
夕食を食べたのか、どうやってベッドにまでたどり着いたのか、何も覚えていなかった。
男性兵士の宿舎との間にある中庭に出ると、そこは月明かりに照らされて、ランプの灯りが無くても手元がはっきり見えるほど明るかった。
私は中庭のやや隅にあるベンチに腰掛けると、実家から持ち出してこられた唯一のスケッチブックを開いた。
今日は、練習用のスケッチブックには描かない。特別な絵を、特別なスケッチブックに描くのだ。