第2章 奪われたもの
二人して飛んだり跳ねたりをしていると、ザワザワとする人垣の向こうから甲高い女性の声が聞こえてきた。
「息子が…モーゼスが見当たらないんですが…息子はどこでしょうか…!?」
それだけ聞けば、兵士の母親であろうことはすぐに分かった。
その声は震えていて、人垣に隠れて姿は全く見えないけれど、彼女が泣いていることが分かった。
その後、男性の声がボソボソと何かを言っているのが聞こえたかと思ったら、突然女性の大きな泣き声が上がった。
「息子の死は!!人類の反撃の糧になったのですよね!?」
絶叫するような口調で問われた言葉に対して、返された言葉はあまりにも無情だった。
「…なんの成果も!!得られませんでした!!ただいたずらに兵士を死なせ…!!ヤツらの正体を…!!突きとめることができませんでした!!」
そのまま、男性の嗚咽が聞こえてきたけれど、それもすぐにかき消された。
今まで静まり返っていた人たちが、男性の言葉を聞いて一斉にザワザワと話し始めたからだ。
「行くよ、エリク」
呆然としている弟の小さな手を取って、私は今来た道を引き返し始めた。チラリと弟の顔を見やれば、先程までキラキラと興奮に満ちていた顔が、曇り空のように暗く沈んでいた。
…どうしてなの。いつもいつも、こうなることは分かっているのに。
弟だって今のような場面は何度も見てきていて分かっているはずなのに…。
調査兵団はいつも巨人に負けて帰ってきて、それを嘆き悲しむ家族がいることは分かっているのに…。
だけど、「当たり前のことでしょ」と言うことなんてできない。
さっきまで尊敬と憧れの色で溢れていた弟の無邪気な瞳を、さらに曇らせるようなことをどうして言えるだろう。
ただひたすらに可哀想だ。弟も、あの母親も、亡くなった兵士たちも…。