第8章 出発前夜
ゆらりと灯りが揺れたことで、やっとそいつは気がついたらしい。
ポカンと口を開けて俺の事を見上げた後、もともと大きいコバルトブルーの瞳を見開いて、まるで飛び上がるようにして立ち上がった。
「リ、リヴァイ兵長っ?!」
「うるせぇ」
突然大声を上げたそいつに、俺は思わず顔をしかめた。
だが別に怒った訳じゃない。むしろ、ちいせぇ奴が飛び上がった姿が、小動物のように見えて可愛らしく思ったくらいだ。
だがそれでも俺はこういう顔になってしまう。この仏頂面は生来のものだから仕方がない。
「お前が、新兵で『画家』と呼ばれている奴か?」
「…え、いや…あの…」
俺の問いかけに、そいつは気まずそうに曖昧な表情を浮かべる。
「巨人の絵を描きたい、とは言いました…」
「ほう」
俺はもう一度、そいつが描いていた絵を見つめた。やはり、今にも動き出しそうなほどに生々しい。
「かなりの腕前だ。誰かに習ったのか?」
「はい。父と兄に」
そう言った時、そいつはやっと自分が泣いていたのだということに気がついたらしく、顔を赤くしてゴシゴシと目元を拭い始めた。
俺は、あまり見つめるのも可哀想だと思って、フイと視線を外す。
「二人とも健在か?」
するとそいつは首を小さく振って、「いえ…もう…」と目を伏せた。それだけ聞けば、彼らがもう生きていないことは分かった。
「そうか…悪いことを聞いた。許せ」
「いえ、とんでもありません。気にかけていただき、ありがとうございます」
そう言って少し笑ったそいつの顔は、さっきよりももっと幼く見えた。
有り体に言えば、「可愛い」と思った。