第8章 出発前夜
俺はもう少しこいつと話してみたいと思ったが、もう夜も遅い。ましてや明日は壁外調査だ。
待合室のランプをフッと吹き消してテーブルに置いた。
俺がもともと持っていたランプの小さな灯りだけが、ぼんやりと室内に残る。
「ガキはさっさと寝ろ。明日、寝ぼけて馬から落ちねぇようにな」
「は、はいっ」
そいつは慌ててスケッチブックを閉じると、敬礼をして待合室から出ていこうとした。
その後ろ姿を追いかけるようにして俺は声をかける。
「おいお前、名前は」
「あっ!ラウラ・ローザモンドです。失礼しましたっ」
上官に名乗りもしなかった非礼を気にしているのだろう。そいつの眉がシュンと少し下がった。
それを好ましく思いながら俺は言った。
「ラウラ、今度俺にも絵を見せろ。ハンジにだけじゃなくてな」
そいつは一瞬びっくりしたように肩を震わせて、それから花が咲いたように笑った。
「はいっ!必ずお見せします!」
「あぁ、明日死ぬんじゃねぇぞ。生きて帰って初めて一人前、それが調査兵団の通説だ」
はい、と元気よく返事をして、ラウラは飛び跳ねるようにして待合室を出て行った。
その後ろ姿を見送りながら俺は小さく笑った。
「おもしれぇ奴が入ってきたな。これから楽しくなりそうだ」
あいつは、興味を引かれて近づきたい方の奴だと、俺は思ったのだった。