第8章 出発前夜
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エルヴィンたちと明日の壁外調査についての最終確認を終えた俺は、夜も少し遅くなってから宿舎へと戻ってきた。
と言っても、多分21時くらいだろう。
玄関を入ると、すぐ脇にある待合室に人影があるのが見えて、俺はふと足を止めた。
誰だ?こんな時間までここにいるのは?そろそろ消灯時間じゃねぇか。油代だって馬鹿にならねぇ。さっさと自分の部屋に帰れ。
そう注意しようと思って俺は、ゆらゆらとランプの灯りが揺れている待合室へと入っていった。
部屋の中にいたのは小柄な女性兵士一人で、スケッチブックのようなものを広げて、何やら一生懸命にかき込んでいた。
(絵を描いてやがるのか?)
一体どんな絵を、そんなに懸命に描いているのだろうかと少し興味が沸いて、俺は後ろからチラリと覗き込んだ。
そして、一瞬ギョッとして身体を固くした。
女性兵士が描いていたのは巨人の絵だった。鉛筆で描かれたデッサンではあったが、それはあまりにも生々しくリアルで、今にも巨人の臭いニオイが漂ってきそうなほどの出来栄えだった。
「なん、だ…?」
思わず俺は口に出してしまっていた。
まじまじと絵の細部を見てみれば、その巨人はうっすらと気味の悪い笑みを浮かべて、人間を掴み上げているところだった。その口元には、ぬらぬらと血がこびりついている。
そこまで見たところで、俺はピンとあることに思い当たった。
(こいつが、噂の『画家』か)
今期の新兵で面白い事を言っている奴がいるとハンジが騒いでいたアレだろう。
俺はその日所用があって入団式には立ち会えなかったが、興奮したハンジが事細かに話していったから、大体のことは知っている。