第36章 束の間の日常
頭の中でぐるぐると思いが巡って、考えるほど涙が出た。だけど、泣いていることを兵長に気づかれてはいけない。突然泣き顔を見せたりなんかしたら、驚かせてしまう。
「で、では、私はこれで…」
可能な限り顔を伏せたまま、私は食器のトレーを持って部屋を出て行こうとした。
「おい」
あまりにも唐突な私の行動に不自然さを感じたのか、兵長が私を呼び止めようとした。だけど私は…涙を見られたくなかった。上官に対する失礼は重々承知していたが、背を向けたまま部屋を出ていこうとした。たが、それを兵長は許してくれなかった。
「待て。どうした急に…」
肩を掴まれて、兵長に横から顔を覗き込まれてしまった。その瞬間、兵長の三白眼気味の瞳が驚きで見開かれ、困惑の色がありありと浮かんだ。あぁ、ついに見られてしまった。兵長、困っていらっしゃるのだろうな…。
勝手に期待して、勝手に落ち込んで、その上泣くなんて…。恥ずかしさで倒れそうだ。兵長への申し訳なさと、こんな雰囲気にしてしまったいたたまれなさ…とにかくもう、この空間にいること自体を恥じている。
「兵長…申し訳…」
ありません、と言い切る前に、
「あぁ、くそっ…」
兵長が自身の頭をガシガシと掻いて、小さく舌打ちした。
「せっかく我慢してたってのに」
そう言って兵長は横から腕を回して、私の身体を包み込むようにして抱きしめた。