第36章 束の間の日常
そんな話の中で分隊長の口から、ニック司祭が殺されたことが告げられたのだった。
彼には何度も殴られた形跡が見られ、爪もはがされていたという。分隊長達の推測では、彼は中央憲兵に拷問をされ、なぶり殺しにされたのではないかとのことだった。
私はニック司祭との関わりはほとんど無かったが、エルミハ区からトロスト区に向かう荷馬車に同乗していたので、顔はよく覚えている。
今まで壁の秘密について口をつぐんでいたことについては愚かだと思うが、自分の信じるものに捧げる情熱に対しては、ある意味関心もしていた。あの彼が殺されてしまうとは…。
今後の私達の動きについて、分隊長が提案したのは慎重な意見ばかりだった。折角身を隠しているのに、今目立つような行動を取ればすぐ見つかってしまうからだ。エレンとヒストリアの居場所だけは、絶対に知られてはいけない。彼らを奪われてしまっては、それこそ調査兵団にはもう切り札がなくなってしまう。
慎重にならざるを得ないハンジ分隊長の考えは十分に理解できる。まったくもってその通りだ。だけど果たして、隠れているだけで本当にエレン達を守り続けることができるのだろうか。きっと…
「ここはいずれ見つかる」
まさに私が思っていたことを、リヴァイ兵長が言った。
今まで黙ってハンジ分隊長の話を聞いていた兵長だったが、その言葉をきっかけに、先ほどまでの沈黙が嘘のようにスラスラと話し始めた。しかもそれはとても論理的で、合理的だった。
「背後から刺される前に外へ行くか、背後から刺す奴を駆除して外へ行くか。お前はどっちだハンジ?」
淡々とした声が、静かに尋ねた。それに対して分隊長がした返事は、
「両方だ。どっちも同時に進めよう」
覚悟を決めた表情で言い切ったハンジ分隊長に、その場にいた全員が頷いたのだった。