第26章 兵長のおまじない
血まみれの兵士の手を握っていたリヴァイ兵長が、そっと彼の手を胸の上に戻すと、後ろで固まったように立ち尽くしていた私を見て、すれ違いざまにポンと肩に手を置いた。
「…行くぞ」
「はい…」
何とか返事はしたものの、私の足は動かない。たった今、息を引き取った兵士の死に顔から、どうしたことか目が離せなかった。
「ラウラ、行こう」
そう言ってペトラが私の手を引いてくれる。それでやっと、固まったようにその場に立ち尽くしていた私の足は動いたのだった。
亡くなった彼の顔は安らかなものだったけど、血だまりの中に横たわるその姿は、この上なく残酷な光景だった。
そして、その直後だった。エルヴィン団長の退却令を聞いたのは。
「街に何かが起きてる。壁が…破壊されたかもしれない」
〇
駆ける馬の振動を全身で感じながら、私は壁内が今どうなっているのか思いを巡らせた。
(エルヴィン団長はああ言ったけれど、どうか間違いであってほしい。ウォール・ローゼまで破られたら…人類はもはや生きてはいけない)
だけど、あの頭の切れるエルヴィン団長の言う事だ。十分に現実味を帯びた予想だということも分かっている。現に、今まで団長の予想はいつだって正しかった。
(でもどうか…今回ばかりは違っていてほしい)
心の中でそう願いながら走っていたのは、きっと私だけではなかったはずだ。