第3章 あの日
兄が小刻みに震える手で、ぐっと私の肩を抱き寄せてくれる。
本当に優しくて、頼りになる兄だ。私は、この兄が一緒でなかったら、きっと途中で泣き崩れてそのまま巨人に食われていただろう。
兄だって、ここまで逃げてくるまでの間、どれだけ怖かったことだろう。それなのに、自分だって怖かったはずなのに、兄は私の手を引っ張ってきてくれた。
兄は父に似てとても温和で、兄妹ケンカらしいケンカもしなかった。いつも穏やかな笑顔を浮かべて、私や弟のエリクを見守ってくれていた。
まるで植物のように穏やかで優しい人だと思っていた。だから、正直兄をこんなに頼もしく感じたのは、これが初めてだった。
私は父のイタズラ描きをもう一度見下ろした。
どうしてこんな地獄になってしまったのか。ほんの数時間前までは、いつもと何も変わらない平和な日常だったのに。
父がいて母がいて兄がいて弟がいて…穏やかで優しい時間が、そこには確かにあったのに。
なのに今は、暗くて、寒くて、悲しくて…そして兄しかいない。あの時間はもう二度と戻らない。もうどこにも、父も母も弟もいない。
三人の亡骸に、さよならを言うことすら叶わないのだ。
月が出てきて、狭い空間にまるで芋のように押し込められた避難民たちの頭を照らしだした。
暗かった手元が明るくなって、夜だというのにハッキリとスケッチブックの絵が見えた。
私はカバンから鉛筆を取り出すと新しいページをめくり、涙を流しながら、父を食った巨人の姿を描き始めたのだった。