第16章 尊敬
「ううん、怪我はしてないよ。ちょっと巨人に掴まれただけ。…もう!いい加減泣き止みなさいよ、みっともないっ!」
「うぅ…なんだよぉ…」
オルオは小さな男の子みたいなセリフを吐いて、向こうへ行ってしまった。
その哀愁漂う後ろ姿を気の毒な気持ちで見送りながら、私は事の顛末をペトラから聞いた。
結局巨人を捕獲することはできず、ハンジ分隊長の誤った指示によりオルオの身が危険に晒された。
すぐさまリヴァイ兵長が救出したため大事には至らなかったが、その時の兵長の怒りようは凄まじいものだったそうだ。
「俺の部下を危険にさらすな!って、ハンジ分隊長の胸ぐらをつかんで怒鳴ったの。
…怖かったけど、私、すごく嬉しかった。だって私たちのことをそれだけ大切に思ってくれてるってことだから。
私、リヴァイ兵長に指名されてこの班に入れたこと、今までの人生の中で一番嬉しいんだ。
心から尊敬してるの。兵長のためなら、私は命をかけて戦えるよ」
そう言って笑ったペトラの頬は少し赤く染まっていて、それは使命に燃える兵士の表情にも見えたし、一方で、
(恋する乙女、って言ったらペトラは怒るかな)
でも、ペトラの兵長に対する感情は、上司と部下…のものよりも強いように感じる。…本心は分からないけれど、でも確かに最近のペトラは前よりも可愛くなった。
いつも、花が咲いた時みたいな瑞々しい輝きを放っているように見える。
私は、先日オルオと一緒に街に出かけた際、彼が「ペトラが、その芋臭いしゃべり方やめろって言うんだ」と俯いた時の悲しそうな表情を思い出した。
(私のような鈍感女には…到底分からない世界なのかもしれない。だって、十年来のライデンの想いに全く気付かなかったくらいなんだから)
ペトラと別れて、ハンジ分隊長たちのもとへと歩き始めた私は、ふとリヴァイ兵長と目が合った。
「!」
兵長はやや不機嫌そうだったけれど、いつもの無表情でじっとこちらを見ていた。
(決めつけはよくないけど、もしも、仮にペトラが兵長に想いを寄せているのなら、応援してあげたい。きっとお似合いの二人になるはずだから…)
そう思ったら、何故だか私は兵長の顔を見ていられなくなって、ペコリと頭を下げると、分隊長たちの方へと走っていったのだった。