第13章 巨人研究班
油絵の具用の溶き油を手に取って、私は恐る恐る兵長の方を見た。
「あの、兵長?油絵を描く時には、絵の具の硬さを調整するために油を使います。結構臭いがキツイものなのですが…使用してもよろしいでしょうか?」
そう説明すると、兵長は逆に興味をそそられたようで、椅子から立ち上がって私の隣に歩いてきた。
「ほう、そういうものなのか。俺は絵なんか描けねぇから、知らないことばかりだな。俺に構わず、勝手にやれ」
「は、はい…」
まるで業務の指示をされる時のように粛々と言われ、私は「本当に大丈夫かな…?」と思いつつも、溶き油の瓶のフタを開け、油壺にトクトクと注いでいった。
だが次の瞬間、びっくりして溶き油のビンを落とすかと思った。
「くせぇ」
真横で兵長が、この上なく不快そうな声を上げたからだ。
ビクーンと私の身体は硬直する。
「も、申し訳ありませんっ。慣れない方には、結構キツイですよね…説明不足でした」
とりあえず私は、溶き油のビンと油壺のフタを急いでしめた。
しかし困った…色付けをするには、溶き油は必需品だ。ましてや下塗りをする時には、絵の具を薄く溶く必要がある。どうしたものか…と私は頭を抱え込もうとした。
だけどそれは杞憂だったようだ。
「おい、俺は思った事を言っただけで、別に止めろとは言ってねぇぞ」
兵長の言葉に私は一瞬呆気に取られたものの、すぐに「あ、やっぱり優しい人だな」と思って少し面白くなってしまった。
だけど兵長は、スタスタともと座っていた椅子の方へと歩いていくと、ズリズリとさらに壁際に椅子を寄せてから腰を下ろした。やはり、溶き油のニオイは嫌みたいだ。
兵長の小柄な体格も相まって、その動きが何となく猫のように見えてしまい(しかも漆黒の黒猫)、私は気づかれないように小さく笑ったのだった。