第2章 奪われたもの
「それでね、その時ゲロルドの奴が殴ってきたから…」
自宅に着いた後は、弟はすっかり普段の様子に戻っていた。
夕食の準備を始める母の手伝いをするつもりが、今ではすっかり話に夢中になっていて、手伝っているのか邪魔をしているのか分からない始末である。
私の方は居間のテーブルについて、父と兄と絵の話をしていた。
私は、手当たり次第に何でも描いている分厚いスケッチブックを自室から持ってきて、最近描いた絵を父と兄に見てもらい、指導をしてもらっていた。
こうやって定期的に絵の技法などについて教えてもらっているのだ。
何と言っても父は本職の画家であるし、絵の売れ行きも良く割と有名人である。
そして兄も数年前から画家としての活動を始めていて、ポツポツとだが絵が売れるようになってきていた。
そんな二人に指導してもらえるのなら、百人力である。
それに、実は私も少し前から自分の絵を売り始めていた。
まだそれほど売れる訳ではないが、買ってくれる人が一人でもいるというのは本当にありがたいことだ。
「ラウラ、絵を描くということは感性が何よりも大切なんだ。こればっかりは、自分で磨いていくしかない。
だから、父さん達が伝えられるのは、あくまでも技法のことのみだ。だが心配しなくていい。お前の感性は素晴らしい。
お前の感じたままを描けばきっと上手く行くよ」
私のスケッチブックをめくりながら、父が言う。
優しげな目元にはいく筋ものシワが寄っていて、細められたコバルトブルーの瞳は、まるで宝石のようにキラキラとしていた。
私は父のこの瞳が好きだ。いくつになっても少年のような輝きを失わない、この透き通った宝石のような瞳に映るものは、きっとどんなものでも美しく見えるのだろう。
だから父の絵はあんなに美しいのだ。
全体的に母親似の私ではあるが、瞳の色だけは父に似た。
自分の瞳を鏡で見る時、父と同じ色をしたそれを、いつも心の底から誇らしく思っている。