第8章 愛のことば
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それぞれの時間を楽しんでるテーブルが
響いたセンセの声と金属音に、一瞬、シンとなる
異変に気付いたウェイターが、
直ぐに落ちたナイフとフォークを拾い
新しい物と取り替えてくれた
だけど、そんな一連の流れさえ、
関係ない風景の一部みたいに映る
ドクン、ドクン…って、
バカみたいにウルサイ心臓
柱の向こうにいるセンセは見えはしないのに
なんにも出来ないでいる俺を、じっと見つめてるみたいだ
「おれ…、はさ……」
俺は……どうしたい?
自分の指先を見つめて
自分にただ、問い掛ける
張り詰めた空気が、
また、元通りに流れ始めて……
だけど、
俺だけは、静止画みたいに動けなくて
センセは、
俺を、呼んだんだ
こんなに人目があるのに、
お母さんも、
お見合い相手の人もいるのに
"カズ"って、
俺を、呼んだんだ
テーブルに置いた手を
ぐっと引き寄せ
ゆっくりと立ち上がる
少し目線を上げると、
綾子さんが、
似つかわない優しい目をしてた
小さく頷いて、
身体の向きを変えると
柱の向こうを、
ゆっくり覗き込む
そこには、
こっちをみてる、センセがいた
数秒前まで考えてた言葉は、
一瞬にして、全部吹き飛んでしまったけれど…
「……っ」
伝えなくちゃ
俺も
ちゃんと、伝えなくちゃ
噛んだ唇を開き
浮かんだ言葉を素直に吐いた
「セン…セ、
俺、潤くんと一緒じゃなきゃ、
......やだよ」
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