第8章 愛のことば
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初めて来た場所ってのもあるだろうけど
縁のない一流ホテルは、居心地が悪くて仕方ない
そんな俺にも構わず、
綾子さんは迷うことなく、先を進む
「ちゃんと予約してたんだ…?
俺の分も」
高そうなレストランに入ると、
直ぐに席を案内された
仰々しく並んだカトラリーを見ただけで、肩が懲りそうだ
「ま、とりあえず、
様子を伺いながら楽しみましょう」
「え…?」
目配せされた柱の向こう側に
人の気配があって……
黙ってると、よく知ってる声が響いた
そりゃ、連れてこられた時点で、ココがそうなんだってわかるけど
すっげー近いじゃん
コノヒト、まじでヤル気だな?
ちらりと覗くと、
赤い唇が、余裕有り気に口角を上げた
「ナニする気だよ?」
こそっと声を潜め、彼女に問うと
目もあわせず、運ばれた食前酒に口をつけていた
「なあんにも♪
アナタがするの、見守ってるから」
「は?なに言ってんだよ」
「あら?他力本願?
だってアナタのなんでしょ、センセは」
最初っから、ソノ気だったな…コノヒト
嵌められたと思いつつ、
それなりの覚悟があったのは確かで
ただの共犯が、
主犯になっただけの話
「ほら、センセは僕のだから盗らないで!って
飛び出して行きなさいよ?(笑)」
「ナンだよ。もうヤダよ」
「タイミングが大事よ」
面白がるように、
場に似つかわない態度
(肩肘付いて、グラスワインをがぶ飲みしてる)で……
俺は、出された料理にも
殆ど手をつけられないでいた
時折聞こえる笑い声や物音
イラつきと焦り
ぶち壊す、たって、独特な空間は緊張した気持ちをますます煽る
そんな俺をからかいながら、綾子さんはひとり楽しそうにしてた
そんな時だ
センセの放った、
"結婚"と言うワードに、
一際大きく、心臓が跳ねた
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