第8章 愛のことば
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「いいえ。なんにも」
ニッコリと微笑んで、そう応えると
彼女は同じに笑顔を見せる
確か、俺の写真を見て
気に入ってくれたって言ってたよな?
……てことはさ、外見か
保健医の収入なんて大したことないし
特別、いい家柄でもないんだしさ
見合いしてまで結婚するのに、そんなメリットある相手じゃないよね
まだ彼女若いし、
焦る必要もないと思う
溶けかけのグラニテをひとくち掬い、口に運んで
彼女を見つめた
「僕との結婚、想像できますか?」
「え…?
それは、まぁ……」
はにかんだような照れた仕草に、
俺に対して、好印象でいてくれるんだとわかる
「正直、僕は
あなたと結婚するつもりはないんです」
「え…?」
顔色の変わる彼女に、
母さんが慌てて取り繕うとして、
俺の腕を叩いた
「ほら!とりあえず、お互いを良く知ってからの話ですものね。
結婚はそれからだもの」
「……好きな方がいらっしゃるんですか?」
俺を真っ直ぐに見つめ、核心をつく彼女
促したのは、俺だけど
「結婚はじゃあ、その人と?」
なかなか受けなかった見合い話だから
もしかすると彼女は、何かを察していたのかも知れない
「潤!アナタ、
遊び相手の話じゃないのよ!?」
自分で言っといて、
シマッタ、とでも言うように、母さんが口を閉じた
「結婚は、しません。
きっと」
「え…?」
不思議顔の彼女には、
申し訳ないとは思うけど
何も始まってはいないんだから、いいかと思った
……ったく
"ぶち壊す"って、どのタイミングでくる気だよ
おせーよ
待てねー…っつの
「結婚願望がない、とか?」
彼女の問い掛けに、首を横に振った
「したくても、
出来る相手じゃないので」
「え…?」
仕方ねぇな
ぶち壊してくれんの見たいけど
ダメだわ、俺
アイツがココに来たってだけで、満足しちゃってる
「カズ!
いつぶち壊してくれんだよ!?」
堪らず、声を上げた途端
柱の向こう側で
ガチャンと大きな音が響いた
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