第7章 単純で曖昧で
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仕事でもない限り、殆ど着ないスーツに身を包み、
メールで届いた待ち合わせ場所に、車を走らせた
市内にある某有名ホテルのフレンチレストラン
ドレスコードのあるような店で見合いなんて
肩は凝るし、ますます憂鬱になる
殆ど勢いで受けたものの、相手あっての事だから、後悔し始めてた
こんないい加減だと、失礼だよな
正面玄関からロビーに入ると、直ぐに気付いた母親が俺に手を振った
「先方のお嬢さん!もう来てるから!
なに待たせてるのよ!」
「なんだよ。時間通りだっつーの」
張り切って和服なんか着てさ?
とりあえず会うだけだ、って念押ししたのに
なに張り切ってんだよ
気乗りしないまま店内に案内されると
写真と同じ顔が、そこにはあって
想像よりもほっそりとした印象で、立ち上がり、俺に頭を下げた
席の側に行くと、
社交辞令な笑顔を張り付け、俺も挨拶した
慣れない空間と
わざとらしい会話
アヴァンやらアミューズを出されても、
彩りを楽しむ気分でもないし、味なんかわからない
目の前に座る、鈴みたいに笑う女は
母親の好みだろうけど……
俺には、
運ばれた鮮やかな料理と同じに映る
そりゃ、美味いけどさ?
どうして、次を欲しいって、メインを望む気持ちになれないんだろ
曖昧な笑顔を浮かべながら、
窮屈な空間に違和感しかなくて……
食べかけのオードブルを下げて貰って、
出てきたグラニテにも、手が伸びない
なに……やってんだよ。俺
"……あ"
"ちょっと、ほら"
"使い方なんかわかんねぇよ"
確かに…、覚えのある声が聞こえた気がして
耳を澄ます
"ナンだよ。もうヤダよ"
"タイミングが大事よ"
装飾された柱の向こう側
確かにいるって確信する
アイツの声を聞き間違うわけない
……何なんだよ
"ぶち壊わすなんて無理だって!"
ぶち壊す…?
それで来たっての…?
「どうかしましたか?」
急に黙り混んだ俺に、
見合い相手が柔らかい声を響かせた
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