第2章 夜の影
名前を呼ばれたけど、
振り返りもしない俺に
センセは何も、言わなかった
スニーカーに足を突っ込み、
勢いよく玄関を飛び出す
バタンと閉じたドアが、ヤケに虚しかった
足早に通路を進み、
センセの部屋を離れると
エレベーターのボタンを連打する
到着したエレベーターに乗り込んで、
下降しながら、脱力する身体
整理出来ない頭の中を、
どうにかクリアにしようと思考を廻らす
こんなハズじゃなかったんだ
俺は…ただ…
"チーン"と箱の中に響くと同時に、開いた扉
のろのろと顔を上げると、
そこには、
俺を見て驚く顔があった
「あら…貴方、さっきの…」
見開いた大きな瞳と艶やかな唇
口元に当てた指先を飾る、赤いネイル
慣れない甘ったるい香水が、
不安定な頭に靄を作る
「どうかしたの?」
…………目眩がした
ニオイも
落ち着いた綺麗な声にも
「ちょっと、大丈夫?」
屈んだ時に見えた、
胸の谷間や女らしい曲線にも
何もかもが、
センセに相応しい当たり前のものに見えて
どうしようもなく、
苦しくなったんだ