第11章 山の国 Ⅲ※※
口付けで、山姥切の意識は戻った。
だが、それだけでは不十分だ。
指先だけでなく、鼻先や唇も赤黒く変色している。
口付けだけでも何時間かければ治るだろう。
だが時間をかけて治すのは、山姥切の体に負担がかかる。
時間をかけずに治せるのは、ひとつだけ。
もう、山姥切の覚悟とやらを待っている場合ではない。
ゼロは山姥切の顔を見た後、加州へと視線をうつした。
「…………」
初めては、一生で一番特別なものにしないとね。
昔、加州がゼロに言った言葉だ。
ゼロのはじめては、加州清光とだった。
彼の言葉通り、特別なものにしてもらったこと、今でも鮮明に覚えている。
その加州は、今はなにも言わない。
ゼロと同じことを考えているのだろうか。
ゼロは再び山姥切の顔を見る。
一年、ゼロは彼と過ごした。
何度も手合わせすることで山姥切を鍛え、一振りでも戦えるだけの手解きをしたつもりだ。
彼が審神者という存在などいなくても、生きていけるように。
自分の存在など、いなくてもいいように。
「野良猫、私に干渉しないんじゃあなかったのか……?」
ゼロといれば、深手を負うことになるだろう。
だからもし、いつか山姥切と、その日を迎えることになったら。
その時は同じように特別にしてやろう。
そう思っていた、が。
山姥切には申し訳ないが、今は特別な演出などしている場合ではない。
「ゼロ……」
掠れたような小さな声で、山姥切がゼロを呼ぶ。
「なんだ?」
平然とした顔で、山姥切を横抱きにしているゼロ。
まだ思考がぼんやりしてはいるが、山姥切は今自分がゼロに運ばれていることくらいは理解出来ている。
正直、屈辱だ。せめて歌仙に担いでもらいたい。
「ゼロ、降ろせっ、頼むから……」
抵抗したいが、体の感覚がない。
手も足も、まるで自分のものじゃないような感覚がするのに、鋭い痛みだけは鮮明に感じる。