第10章 山の国 II※※
「誰かを好きになる。つまり恋をすると、相手が何よりも特別になるんだ。歌を詠みたくなったり、ふと香る相手の香りすら愛しいと感じるようになる」
「香り?いい匂いがするってことか?」
「ちょっと違うような、違わないような……」
感覚のようなものを言葉で表現するのは難しい。
歌仙は山姥切にわかりやすいように慎重に言葉を選ぶ。
すると、ふと的確な表現が頭に浮かんだ。
「そうっ!相手が気になってきて、相手の何気ない一言で喜んだり、悲しんだり。相手を想うだけで、胸が苦しくなる。
僕はそれが、好きって感情だと思う!!」
我ながら良い言い方をしたものだ。
歌仙は誇らしげな表情をするが、山姥切の表情は冴えなかった。
「…………」
色々と言い過ぎたのだろうか。
「まずは気持ちの整理をしてみたらどうかな?ゼロの良いところと、悪いところを書き出してみたり……」
「……そうだな」
「いっそのこと、ゼロに文でも書いてみたらどうかな」
気持ちを文字にすれば、自然と心が落ち着くものだと。
そう提案したが、山姥切は黙り込んでしまった。
それきり、二振りとも黙ったまま、黙々と夕食を作る。
歌仙が、お節介が過ぎたと反省していると、加州の手入れを終えたゼロが戻ってきた。
「ゼロ、もうすぐ出来るよ」
「それは楽しみだ、期待してるからな」
ゼロが笑って答えると、歌仙は顔が熱くなるのを感じた。
相手の何気ない一言で喜んだり、か。
歌仙もまた、気持ちの整理をする必要がある。
そう思った瞬間でもあった。