第9章 山の国 I
力任せに刀を振るう相手に負けるはずがない。
その考えが歌仙に油断を生じさせた。
次の一刀を歌仙は刀で受けようとしたが、大柄な男は鼻先で笑うと刀を回して歌仙の脇腹を薙いだ。
「くっ、人間め……仕置きが必要だな」
脇腹を斬られ、歌仙は苦痛に顔を歪ませながら刀を構え直す。
その表情は鋭く、殺気に満ちていた。
「首を……差し出せ」
風のように男に向かって跳び、音も無く斬りつける。
男は悲鳴を上げ、血潮を撒き散らしながら倒れた。
「歌仙っ!」
異変に気付いたゼロは、目の前の兵士をいとも容易く倒すと、歌仙に駆け寄る。
歌仙は脇腹に手を当てると、短い呻き声を上げて片膝をついた。
「斬られたのか?」
「あぁ、困ったね……思ったより深手だったようだ」
脇腹を斬られ、着物に血が滲んでいる。
「……ゼロ、まさかこのままでいさせるつもりではないだろうね?」
苦痛に顔を歪ませる歌仙に、ゼロはふっと笑みを浮かべた。
「無作法者に手入れしてもらいたいのか?」
「根に持ち続けるのは雅じゃないな」
とぼけた顔で歌仙が言うと、ゼロは歌仙の頬を撫でる。
「その顔、苦痛に歪むお前の顔、嫌いじゃないよ」
頰を撫で、顎を掬い上げるとゼロは微笑む。
歌仙の体を引き寄せると、ゼロの柔らかい唇が歌仙の唇に触れる。
ゼロの舌が歌仙の唇を割り、舌が挿し入れられる。
ねっとりとした舌が歌仙の舌を捕らえ、ぬるぬると擦り合わされる。
「歌仙……」
口付けの合間に名を呼ばれ、歌仙は背筋がゾクゾクとした。
心を揺さぶられるような、ゼロの声。
「ん……っぁ」
体の芯が熱くなる。
ゼロから与えられる甘美な感覚に、歌仙は戸惑った。
この感覚を、知っている。
歌仙は何故か、そう感じたのだ。
もっと触れ合えば、思い出せるかもしれない。
そう思ってゼロの肩に手を伸ばすと、ふわりと香る花の香り。
嗅ぎ慣れない香り。でも、知っている香りだ。