第7章 海の国※
「おいっ!!昨日俺に何を……っ!!」
山姥切は一目散にゼロの部屋へと向かった。
普段はノックをしないとゼロに殴られるが、今は緊急事態だ。
山姥切は勢いよくゼロの使う部屋の扉を開ける。
だがそこに、ゼロの姿はなかった。
「な……んで」
誰もいないことに、山姥切はひどく驚いた。
ゼロがいない部屋。
静かで、暗い、がらんどう。
「そ、うか……出て行くと言っていた……な」
ふっと力が抜けたような気がした。
先程まで帯びていた熱も、今はすっかり消えていた。
もう、ゼロはここにはいない。
そのことに、何故か山姥切は空虚な気持ちになった。
もともと、山姥切はこの隠れ家を一人で使っていた。
人里から離れているから、誰とも関わることもない。
一人分くらいなら、水や食糧にも困ることもない。
その生活に戻るだけ。
それだけだ。
なのに何故、こんな気持ちになるのだろうか。
山姥切はゼロがいた部屋の扉を閉める。
パタンと扉を閉める音すら、虚しく響いて聞こえてくるようだった。
廊下を歩く足音も、ひとつだけ。
こんなに、ここが静かだったのはいつぶりだろうか。
思えばこの一年、この隠れ家は騒がし過ぎた。
あの日、あの雨の日。
あの男、加州清光とゼロに出会ってからだ。
隠れ家に着いてからも、ゼロは眠り続けたままだった。
審神者をどう扱えばいいかも、まして女の世話したことすら無い山姥切はとにかくゼロの回復を願った。
知っているのは、彼女の名前だけ。
加州清光が教えてくれたのだ。
ひたすら眠り続けるゼロの顔を見つめ、山姥切は様々なことを思った。
どのような声なのか、どのような表情をするのか。
審神者という存在は、何もかも包み込むような優しさを持っていると、そんな理想を抱いてすらいた。
だが、ゼロの目覚めと共に、山姥切の期待は見事に打ち砕かれた。
口調はきついし、笑いもしない。
そして、無駄に強い。
目覚めた当初は、飯がまずいだの、部屋が汚いだのと文句は言うし。
体が鈍るからと、毎日稽古と称して容赦無く真剣で打ち込まれるし。
おまけに名前すら呼ぼうともしない。
おい、お前、野良猫としか呼ばれたことがない。