第7章 海の国※
この一年、山姥切はゼロに振り回されっぱなしだった。
しかし、全てが山姥切にとって嫌なことばかりではなかった。
「…………」
気付けば、朝起きると食事が用意されていたし、部屋も綺麗になった。
取れかけていた上着のボタンも、知らぬ間に繕われていた。
山姥切が台所に行くと、やはりそこには誰もいない。
その光景に、胸が締め付けられるような喪失感に見舞われる。
「当たり前になっていたんだな……」
ゼロが作る料理は、美味しかった。
ゼロとの稽古は厳しかったが、彼女の底知れぬ強さに触れられて楽しかった。
それに、山姥切は繕い物が一切出来ない。
いなくなってから、山姥切はゼロの存在の大きさに気付いた。
だが、もうゼロはいない。
山姥切は懐に手を入れると、紋付鈴を取り出す。
ゼロといる時は、何度も鳴っていた鈴も、今は振っても鳴らなかった。
「それでも俺は……干渉はしない」
再び紋付鈴を懐にしまうと、朝食を作ろうと台所に入る。
そういえば、自分で朝食を作るのはかなり久しぶりだ。
袖をまくり、何を作ろうかと思っていると、台の上に何か置いてあるのが目に付いた。
「何だ、これ」
そこには、握り飯が置いてあった。
おそらく、ゼロが作ったのだろう。
握り飯の上には、紙切れが乗っていた。
山姥切は何が書いてあるのか気になり、紙切れを手にする。
紙切れにはたった一言、食べろよとだけ。
別れの言葉や、感謝の言葉でもない。
たった、それだけだったというのに。
「……くそっ」
気付けば、山姥切は刀を手に走り出していた。
干渉するわけではない。
ただ、借りを返しに行くだけ。
山姥切は無我夢中でゼロの後を追った。
→第八章へ