第1章 野宮 暖人
「暖人もすっかり社会人って感じね。元々大人びてたけど…前よりもっと逞しくなったみたい」
すでに酔っているのか、俺に身を寄せてきた彼女が膝の上に手を乗せてくる。
その瞬間、ふわっと香水の匂いがした。
俺のよく知っている香りだ。
(…今もこの香水使ってんのか)
付き合っていた時も彼女はこの香水を付けていた。
仕事中は勿論禁止されていただろうが、俺と2人きりで過ごす時は必ず…
甘過ぎない、けれど女の色香を漂わせる花のような香り…
俺の、好きな…
(…って、何考えてんだ)
膝の上に乗せられた手をやんわり払う。
すると彼女は「つれないのね」と言って淋しそうに笑った。
「結婚してからは主人の言い付けで専業主婦になったけど…ホント退屈」
「…贅沢な悩みですね」
「ふふっ…そうかも」
グラスの中の氷が溶け、カランと静かな音を立てる。
それに手を伸ばした瞬間、白くて綺麗な彼女の手が俺のものに重ねられた。
「…暖人は?」
「…え?」
「今付き合ってる人はいるの?」
「…あなたには関係ないでしょう」
この2年間、恋人と呼べる相手はいなかった。
一夜限りの相手とベッドを共にする事は何度かあったが、それも結局虚しさが残るだけで…
俺は多分、この人の事をまだ忘れられずにいる…
「うちの主人、私の事なんか全然構ってくれなくて…。そのくせ若いナースに手を出してるみたいなの…最低でしょ?」
「………」
「ねぇ暖人…こうして再会出来たのも何かの縁だし……今夜だけ私の事慰めてくれない…?」
「何言ってるんですか…冗談は……」
そう言って彼女の方を見下ろした瞬間、その表情に思わず心臓が跳ねた。
紅潮した頬に潤んだ瞳…
彼女はあの頃より更に綺麗になっていて…
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