第1章 野宮 暖人
「……暖人?」
「…!千代子さん…?」
──それはまさに運命の悪戯だった…
「びっくりしたわ…まさかあんな所であなたに会うなんて……」
「…それはこっちの台詞ですよ」
ジャズの流れる落ち着いた雰囲気のバーで俺と彼女は飲み直していた。
──秋月千代子…それが彼女の名前。
こうして顔を合わせるのは約2年ぶりだろうか。
今日は同僚と居酒屋で飲んでいたのだが、そこで偶然彼女と再会したのだ。
「…元気だった?」
「…お陰様で」
「…嫌味ね」
そりゃあ嫌味のひとつくらい言ってやりたくもなる。
千代子さんとは大学4年の時、1年程付き合っていた。
俺がバイク事故を起こし入院した先…当時彼女はその病院で看護師をしており、俺の世話をしてくれていたのだ。
告白してきたのは彼女の方。
初めは年下の俺をからかっているだけだろうと思っていたが、次第に俺も彼女に惹かれ始め付き合う事になった。
けれど忘れもしない2年前…突然彼女から別れを告げられた。
当然納得のいかなかった俺は理由を問い質したが、「結婚するから」と言われそれ以上は何も返す事が出来なかった。
結婚相手は院長の息子でもあるドクター。
恋人として付き合っていると思っていたのは俺だけで彼女は違ったのだ。
彼女にとって俺はただの"遊び"。
そう解った瞬間、怒りよりも虚しさが込み上げてきて。
それからしばらく荒れた生活を送っていたが、それでもすでに就職が決まっていた俺は目まぐるしい新生活に追われ、次第に心の傷も癒えていった。
…それなのに。
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