第8章 大人の階段登った女子って強気になりがちだよね
傾き始めた夕陽は空を茜に染め、雲の隙間に見える青色はグレーに変わっていく。
私の家へ向かう途中で買ったカルピスソーダは、少し掠れた喉に心地良い。
「おま…それ好きだよな」
「うん。夏になると飲みたくなる」
高杉君はゆっくり歩く。私もやっぱりゆっくり歩く。夏休み前と違うのは、並んで歩くようになったところだ。
「送ってくれなくても大丈夫だったのに。まだ明るいもん」
私が言うと、高杉君は顔をしかめて、痴漢注意の看板をあごで差す。
あぁ、やっぱりそうだったんだ。
「高杉君てさ、なんか過保護だよね」
「あ?何だよそれ」
「いや、だって…」
クスクス笑う私に、高杉君はしかめっ面のままだ。
「さっき、俺の下の名前呼んだよな」
「そうだっけ?」
「おい。俺はの事、名前で呼ぶようにしたんだがな」
「う〜ん。そうね…」
私はわざとゆっくり相槌を打ちながら、坂道を登る。もう、家が見える。
坂道には、今、私達しかいない。
「ここで良いよ」
「…あぁ」
カルピスソーダを一口飲み、深呼吸。
不満気な高杉君に向かってつま先立ち。
右頬に素早く唇を当て、そのまま耳元で囁く。ずっと、言いたかった事。
「晋助、大好き」
パッと体を離し、残りの坂道を駆け上がりながら振り返る。
「じゃあね。送ってくれてありがと」
高杉君の顔は逆光で見えないけど、わずかに耳が赤い気がする。
私は心の中でガッツポーズを取る。
いっつも高杉君ばかり余裕な気がして、悔しかったんだもん。
私は満足して、夏の夕暮れの匂いを吸い込んだ。
「なかなか手強ぇな…」
数分後、耳を真っ赤にした碧眼の男子高校生が坂道を下りながらつぶやいた一言は、誰にも聞かれずに、夕陽と共に消えていった。