第11章 現実主義
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「…上杉謙信、自ら馳せ参じるとは。
あの女、もっと上手く使えば良かったかも知れんな」
「しかし、今…織田と春日山の関係は良好です。
無理やり眠る龍を起こす必要は、今は無いかと」
「ふん、貴様にしてはぬるいが…
まあ良い、鞠のこともある。下がって良い」
ぬるくなったのはお互い様だろう、と心の中で零しながら。
信長への報告を終え、一礼して天主を後にする…
夕暮れの廊下の向こうに人影を見つけ、光秀は目を細めた。
「…鞠か」
「光秀さんっ!」
ぱたぱたと駆け寄ってきた鞠は、随分憔悴している様に見えた。
泣き濡れたらしい瞼はまだ腫れており、寝不足だろうか白い肌に隈が見て取れる。
しかしその足取りは軽く、笑顔も見える…
よかった、と。
顔には出さずとも安堵の息を零した光秀に、鞠はにっこりと笑いかけ。
そして、ゆっくりと口を開く…
「…ねぇ、あの女を殺してくれましたか?」
笑顔から放たれた、物騒な言葉に。
いつも冷静沈着な光秀ですら、思わず息を呑む──
刺すような夕陽の朱が、彼女の顔に深い陰を落とした。