第9章 批判主義
「そんな感情が恋慕だと言うなら…
今、お前に向けているそれの方が余程強い」
ぽかんと口を開け、間抜け面を晒しているだろう私の頬をするり、とひと撫でして、光秀さんの手は離れていく。
「…さあ、もう休め。
大事無かったとは言え、眠りから目覚めたばかりなのに長居してしまった」
「いえ、それは大丈夫、だけど…いや、何でもないです」
どうしてこんなに良くして下さるんですか、と、早々と立ち去ろうとする彼の背に聞こうとして。
先程の言葉の続きを聞かされては困る、と飲み込んだ。
しかしまた、彼は私の戸惑いまで全て心得ているように。
喉を鳴らすような噛み殺した笑いを零して、振り返る。
「初めは打算だった。
佐助殿、引いては謙信殿に恩を売るに越したことは無い。
…今は、それだけでは無いかも知れんな」
言い終わるが早いか、彼は足早に部屋を後にした。
私はと言えば、言葉の意味を反芻して、ぱたり、と布団に倒れ込む。
甘い甘い言葉は、弱っている心には毒にしかならない。
──謙信様に、会いたい。
優しくされて、ほんの少し好意を向けられただけで嬉しくなるなんてどうかしている。
謙信様に会って証明したい、自分が好きなのは誰なのか。
例え、この気持ちは通じなくても…
枕を濡らす熱い涙が、じっとりと肌を湿らせて気持ちが悪い。
それなのに、まるで止め方を忘れてしまったかのように、涙が零れてどうしようもない。