第9章 批判主義
「そういう訳だ。
佐助殿は一度、国へ帰らせた。
そこから然るべき順序を踏み、再び迎えに来る手筈だ」
「なんだか…大事になってしまって。
色々と有難うございます」
「今まで、敵の命さえも取ってくれるなと言っていたあの娘に、ああまで言わせるとは…
お前はいったい、何をしでかしたのだろうな」
光秀さんは、呆れたように。
しかしどこか優しげな溜息をついた。
私の方を向いているのに、私を見ていない。
私を通して、誰かを見ている──
「…鞠さん?」
「…なんだ、藪から棒に」
光秀さんの無表情が、僅かに揺らいだ。
さっき広間にいた時も、そうだった…彼は、鞠さんをとても優しい瞳で見るのだ。
「ふふ、光秀さんは鞠さんの事、好きなんですね」
「…俺がか。
だとしたら、不毛だな。あれは、我が主君の女だ」
まるで他人事のように語る姿に違和感を覚えるけれど、呑気にも嬉しくて仕方がない。
ずっと自分の中に抑えていた澱みが、解放されるような感覚──
「鞠さんは、この時代ではちゃんと楽しく過ごしているんですね」
私はあの時、鞠さんの居場所を奪ってしまったのだ。
結果的に、わざとじゃなくても…
そんな過去を払拭してもいいような気持ちに、勝手だけどなってくる。
「…よかった、鞠さん…」
すっと一筋、涙が流れるのを我慢出来ない。
すぐに気付きグイ、と拭うけれど、やっぱり目敏い光秀さんはそれを見逃してくれなかった。
驚いたような目で見られて、思わず照れる。