第1章 享楽主義
──────────
「…謙信様のあんな表情、初めて見たぞ…?」
幸村が、二人の後ろ姿を見て呆然と呟く。
佐助はわかる、とでも言いたげにその肩をぽん、と叩いた。
「あぁも姫が可憐で真っ直ぐでは、謙信も惹かれずにいれないのだろうな」
「可憐?あれがですか!?」
信玄が満面の笑みで零した言葉に、幸村が理解できない、と頭を抱えた所で。
佐助がふ、と優しい表情を浮かべた。
「もう少し一緒にいれば、幸村も分かるかもしれないな」
「…分かりたくもねーけどな…分かったらそれはそれで、身の危険を感じるぜ」
「幸村は、彼女みたいな女性は嫌いなのか?」
「はっ!?す、好きとか嫌いとかじゃねーよ!」
「まぁまぁ、幸…との出会いが、謙信に良い影響となる事を期待しようじゃないか。
なぁ、佐助」
信玄が意味ありげにウィンクすると、幸村もぐっと唇をかみ黙り込んだ。
そして佐助は、主君を思いそっと目を伏せる…
「嫌よいやよも好きの内、などとはよく言ったものだな。
素直になった方が、話は早いんだが」
信玄の楽しそうな独り言が、夕暮れの風に飲まれていく。
茶化し合いながら城へと戻っていく二つの影が遠ざかるのを、三人はそれぞれの思いで見つめていた。