第9章 アンケ夢/安室透【痴話喧嘩】
「今日二人話してないよね?」
「別れた、とか?」
「えーー!ワンチャン有りかなーー!!」
きゃー、と勝手に騒いでくれてとても気分が悪い。
不機嫌になりそうなのを堪えて、珈琲のお代わりを貰って…梓さんが心配そうに私を見るから大丈夫だよ、と笑い返した。
別れたら、…私は笑えないって。
そんな風に言われる軽い気持ちじゃない。
だから、嫌なんだ。
透さんのこと、…表面だけで好きだ好きだと騒ぐ人たちが。
「…お待たせしました」
カウンター越しじゃなくて、隣に立つ透さんを見上げて。
「なに泣きそうな顔されてるんですか」
「…っ…だって」
透さんが、触ってくれないから。
他の人とばかり話すから。
「なんでもないです」
仕事中の透さんに言うことじゃない。
私が我慢すれば、とそのつもりで言ったのに…また彼を拒むような言い方になってしまって。
「……そんなに話したくありませんか」
「違…っ」
お邪魔しました、とカウンターの中に入っていく透さん。
またやらかした、そう思って頭を抱えそうになれば一度席を外しお手洗いに向かう。
鏡を見れば泣きそうな顔に情けなくなって溜息。
きゃー!、と女子高生の少し悲痛な叫び声に何かがあったのだとお手洗いから出た先に…透さんと梓さんが、抱き合ってた。
冷静に見ればこの状況が何なのか、私にだって分かる。
足元に落ちたトレイと梓さんの手にはお皿とメニュー。
恐らく躓いたところを透さんが支えたのだろう。
ただ、透さん不足の私にはその光景にフィルターがかかって。
帰ろう、今日は。
透さんに会うにはまだ心の整理ができてなかった。
お財布は鞄の中。
モーニングセットの値段は…
そう、頭の中で考えてたのに。
「きゃああああ!!!??」
透さんの胸元を引き寄せてキスしてる私がいた。
梓さんが慌てて離れて、透さんは軽く目を見開いて、私の腰に手を回す。
女子高生の叫び声。
「…あ、…あっ…えと」
唇を離してから、我に返った。
やらかした。
…やらかしたどころじゃない。
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