第2章 蕨と天女
「天女さんや…」
思わずギンの口をついて出たのは、そんな言葉。
眠る少女を目にして思い浮かんだのは、どこかで聞いた昔話だった。
その昔、美しい天女が地上に降りた。
彼女は汗を流そうと、身にまとっていた着物と羽衣を近くの枝にかけ、水浴びをした。
そこへたまたま通りかかった男が、美しいその姿に一目惚れして、天女が空を飛ぶための羽衣を隠してしまう。
天へ帰れなくなった天女は、仕方なく男と夫婦となるが、隠された羽衣を見つけ取り返した彼女は男を残して天へ帰ってしまう。
確か、そんな話だった。
ギンはその話を聞いた時、非道い男やな、と他人事のように思った。
そう思ったはずなのに、ギンはそっと木の枝に掛かる着物を手に取っていた。
なんの抵抗もなく、枝からふわりと手の中へ落ちた薄桃色の着物を握りしめ、少女へと近づく。
長く艶のある黒髪を背中と一緒に木に預け、少し首を傾げたようにして眠る少女。
桃色の唇が少し開いて、規則正しい寝息が漏れている。
髪と同じ黒い着物が、少女の透き通る様な白い肌を引き立たせていた。
近くで見ると、ますます美しい人だとギンは思った。
年の頃は自分と同じか少し上くらいか。
誰かにここまで惹かれたのは、初めてだった。
ギンは少女の傍に膝をつくと、片手で抱えていた籠を置き、もう一度羽衣を…少女の物であろう薄桃色の着物を握りしめた。
そして、その頬に手を伸ばす。