第2章 蕨と天女
(……?)
遠くで何かが揺れている。
樹の枝でも木の葉でもないそれは、ギンに手招きをするようにひらひらと揺れていた。
山菜の入った籠をしっかり持ち直し、警戒しながら揺れる何かに近づいて行く。
少し近づいて、揺れていたのは淡い桃色をした着物だということが分かった。どうやら、木の枝に掛かって風に揺られているようだ。
着物があるということは、人がいるかもしれない。
世界に生きる人々が、善良な者ばかりではないことを知っているギンだが、それでも足を止められなかった。
何かに引っ張られるようにしてさらに近づくと、視界が開ける。
そこは美しい湖だった。澄みきった水と、ほとりに咲く名も知らない白い花々。風が吹いて、木々と花と水面が揺れる。
(綺麗や…)
ギンは一瞬、目的を忘れてその景色に見入った。今日のように食べ物を求めて何度かこの山に入ったことはあったが、初めて見る美しい景色だった。
ふと我に返って、薄桃色の着物に視線を戻す。湖の側に生えた木の枝にかかったそれは、相変わらず誘うようにひらひらと揺れていた。
湖を回り込んでさらに近づいたギンの足が止まる。
(…!)
予想通り、着物の近くには「人」が居た。
予想外だったのは、その「人」が少女で、木の下で眠っているということ。
それから、
彼女が先ほど見入った景色よりも、美しかったということ。