第6章 柿と羽織
凪と出会ったきっかけも食べ物を求めて山へ入ったからだと聞いた。
この尸魂界では、多くの魂魄が食べ物を必要としない。それは霊力の消費によってのみ腹が減るからだ。凪の父・和真が営んでいた家業の飴売りは、そういったお腹の空かない人々に楽しみを感じてもらうためのものだった。
全く霊力の無かった和真も、いつも凪や母・麗の分の食事を用意する際の味見程度にしか物を口にしなかった。
それでも和真の方が器用で料理の腕が立ったので、麗はいつも子どもの様に拗ね、和真がそれをなだめていた。束の間に思い出した両親の記憶に、凪は肩にかかった薄桃色の羽織を無意識にそっと握り締める。
凪の顔に悲しみの影が落ちたのをギンは見逃さなかった。
「嫌なこと思い出させた?」
ギンの声は優しかった。
「…死んだ両親のことを思い出したの」
凪は痛む傷口をそっと撫でられた様に感じて、その優しさに導かれるようにぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。
小さい頃から強かった霊力のこと。
不思議な夢と色の変わる瞳のこと。
霊力を制御する方法を一刻も早く学ばなければいけなかったこと。
「四つの時に、母様と一緒に真央霊術院へ行ったの。でも、入学するには早すぎるって断られちゃって…」
真央霊術院は霊力のあるものだけが入学を許される、いわゆる死神の養成施設だ。麗は凪に霊力の制御や自分の身を守るための知識をつけさせるために真央霊術院を頼ったが、読み書きを覚え始めたばかりの幼い子どもを霊術院に入れるのは前代未聞のことだったため、門前払いをくらう形となったのだ。
「それで、母様の所属していた護廷十三隊の副隊長さんを頼ったの」
その人物は真央霊術院で書道の授業を行うほど筆の達人だったらしく、凪を特別に霊術院に入れるよう教師として内部から説得してくれたと母から聞いていた。