第5章 涙と朝露
凪の柔らかい唇を食むように口付けながら、ギンはその頬に当てていた指で目元をそっと撫でた。そうして涙が乾いたのを確認すると、名残惜しそうにゆっくりと唇を離す。
しばらく感じていた柔らかい熱が離れていく感覚に、凪は目を開けた。
「泣き止んだ?」
凪の頬から手を離して少し距離を取ったギンが優しくささやいた。何も答えられずに綺麗な空色の瞳をぼーっと見つめていると、その瞳が照れるように細まる。
「ボク、こういうの初めてしたわ」
まだうまく働かない頭で考えるが、ギンの言っていることがよくわからずに凪はなおも空色の瞳を見つめる。
その様子にまた少し照れるように目を細めたギンが悪戯っぽくささやいた。
「ファーストキス、ってことやな」
ギンの言葉に凪の頭が突然フル回転を始める。今さっきまで自分が何をしていたのかをやっと理解して、今度は先程までと全く違う熱が顔に集中するのを感じた。
「あらら、顔が真っ赤やで?」
茶化すような言葉とは裏腹に、ギンは愛おしそうに微笑んだ。
「……っ」
凪はとっさに持っていた笠で顔を隠そうとしたが、間髪入れずにその腕をギンが掴む。
逃げ場を失った恥ずかしさがさらに顔に熱を集めるのを感じて、見られまいと俯いた。
「嫌やった?」
少し不安そうな声が凪の耳に届く。俯いたまま、ようやく回り出した頭で考えた。
(嫌じゃ、なかった。むしろ…)
ギンが言ったように、それは凪にとっても初めての口付けだった。
幼い頃戯れに両親の頬に口付けたことはあるが、先ほどのものはそれとは全く違う熱を帯びたものだった。
(なんだろう…)
心地良い、落ち着かない、嬉しい、切ない…色々な感情がひとつに混ざって一度に押し寄せ、体も心も熱くするような感覚。さっきまで自分が感じていた気持ちが、どういうものなのか凪にはわからない。けれどその正体は、特別で大切なもののような気がした。
「……あの」
しばらく黙って考え込んでいた凪は顔をあげた。ギンも黙ってその顔を見る。冷静さを取り戻した様子だが、頬はまだ少し赤い。形の良い彼女の唇が少し震えて、開いた。