第5章 涙と朝露
「あの…私も初めてで」
夜色の瞳を揺らしながら、言葉を手探りで紡ぎ出す。
「でも、嫌じゃなくて…。どんな言葉にすればいいかわからない気持ちになって…それで…」
ギンはじっとその言葉を聞いている。やがて夜色の瞳が、何かを決心したように揺れるのをやめた。美しい瞳がギンをまっすぐ見つめる。
「私、知りたい」
彼を知りたい。
さっきの熱の正体を知りたい。
この気持ちが何なのか知りたい。
「教えてほしい」
もしあなたが答えを知っているのなら。
ギンは凪のところどころ足りない言葉を最後まで黙って聞いていた。そしてふっと息を吐く。その口から紡ぎ出される言葉が否定の言葉だったなら、ギンは平静を装うのが難しかっただろう。身構えていた体と心から力を抜いて、今度はゆっくり息を吸う。
そしてギンも、先ほどの凪と同じ様に何かを決心した顔で言った。
「さっきも言うたけど、ボクはキミに一目惚れしたんや」
ギンの澄んだ水色の瞳が真っ直ぐ凪を見つめる。
「せやから、ボクもキミのことがもっと知りたい」
ギンの瞳と同じくらい真っ直ぐな言葉が、凪の心に染み込んでいく。
「ボクも初めてや。わからんことも多いけどそれはお互い様・てことで」
ギンは首を少し傾げてふっと微笑んだ。絹糸の様な細い髪がさらりと揺れたかと思うと、ギンの腕が伸びてそっと凪の体を引き寄せた。
抱きしめられた凪はとっさのことに身を固くする。しかし、ギンのあたたかい体温と鼻をくすぐるかすかな石鹸の香りに硬った体がすぐにほぐれていった。
胸の中から飛び出していきそうなくらい動く心臓の音が、寄せた体を通して彼に伝わってしまいそうで凪は少し焦る。それでも、離れたいとはどうしても思えなかった。
「凪、これからよろしゅう」
耳元で嬉しそうな声が聞こえた。その声に返事をする代わりに彼の背中に腕を回す。そして、その背をそっと抱きしめ返した。
この日この時から運命の歯車は回り始めた。
定められた終わりに向かって。