第5章 涙と朝露
「ボク、市丸ギン。ギンでええよ」
突然の自己紹介に、まだ上手く働かない頭はついていけない。
出せない声の代わりに瞬きをした。
その拍子に涙が零れて視界が少しクリアになる。
凪の頬を伝う涙を再びギンの指がすくった。
その両手が優しく頬を包む。
「キミ、名前は?」
「…凪……夜瀬、凪…」
凪はほとんど反射で答えた。
「じゃあ、凪」
ギンはふっと優しく笑った。
「嫌やったら、逃げてもええよ」
言葉と共に頬に添えていた両手で凪を手繰り寄せ、桜色の唇にそっと口付けた。
(…熱い)
再び訪れた柔らかい感触に、ようやく動き出そうとしていた凪の思考が停止する。
頬に感じるギンの手のひらも、重なった唇も、冷えていたはずの心の奥底も、何もかもが熱い。
(熱い)
ギンの唇が少し離れては、また口付けを繰り返す。
逃げてもいいと言ったのに、逃してくれる気は無いようだ。
それでも不思議と、嫌だと思わなかった。
啄むようなキスの心地よさに、凪は目を閉じた。
しばらくの間忘れていた感覚が蘇る。
誰かに涙を拭ってもらう感覚。誰かに優しくしてもらう感覚。
誰かに、愛される感覚。
(ああ、もしかしたら)
こんな熱を、待っていたのかもしれない。