第5章 涙と朝露
「はい」
少年が羽織を差し出す。
凪と少年の距離は15歩ほどだ。
それ以上近づくのを躊躇っていた凪の足が、ゆっくりと一歩踏み出す。
一歩、二歩。罠の可能性もある。
三歩、四歩。警戒はまだ最大限だ。
五歩、六歩。焦る気持ちを抑える。
七歩、八歩。
「そういえば」
少年が不意に口を開く。
進んでいた凪の足が止まった。
「綺麗な瞳(め)やのに、今日は見せてくれへんの?」
それは、少年の口から本当に何気なく出た言葉だった。
笠を深くかぶった凪の瞳は少年には見えない。
そのことが残念だ、心からそう思っているからこぼれた言葉。
それは凪にも伝わった。
ギンは少女をじっと見つめていた。
やっと逃げることなく近付いてきた彼女が、急に止まってしまって少しじれったい。
その気になればすぐに届く距離だ。
ギンが差し出していた羽織を抱え直して一歩踏み出した時だった。
「…あなたは」
集中していなければ聞き逃すほどの小さな声が少女の口からこぼれた。
ギンも先ほどの少女と同じように、進みかけたその足を止める。
「…あなたは昨日、見たはずです」
そう言って少女は自らの笠に手をかけた。
ゆっくり脱がれた笠の下から現れたのは、艶のある黒髪と白い肌、桜色の唇。
そして夜色の二つの瞳。
ギンは昨日と同じように驚いて目を見開いた。
その様子を苦しそうに見て少女は続ける。
「こんな…不気味な瞳が、美しいわけ…ないでしょう」
自ら不気味だと言った瞳を伏せて、少女は眉を寄せる。