第7章 山ほどの手が
「狐小僧、今は明治何年だ」
鬼が兄に話しかけ、兄は律儀にそれに答える。
「……今は大正時代だ」
すると、鬼の様子が変化する。ぶるぶると体を震わせ、叫び始めた。
「アァアアア!!!! 年号がァ!!年号が変わっている!!」
怒りで体を捻じる鬼が鱗滝さんの名前を口にした時、私は体を震わせた。鬼は、この藤の花の牢獄の中でこの鬼は50人ほどの子供を喰い、そして鱗滝さんの弟子を13人喰ったと零す。
「お前達のその面…"厄除の面"と言ったか? それをつけているせいでみんな喰われた。みんな俺の腹の中だ。鱗滝が殺したようなもんだ」
わなわなと震える兄をちらりと見る。2人がこの鬼に殺されていた…。やはりあの二人はこの世に存在していなかったのか。目のいい私は気づいたが、鱗滝さんも兄もあの二人の存在には気づいていないようだった。私は言うべきか迷ったが、言うべきだったのだ。現に兄は動揺し、鬼の挑発に乗せられている。
「お兄ちゃん!落ち着いて…」
兄が走り出そうとするところを私は止めた。兄と鬼とのやりとりを見て、その隙にその人が私たちに背を向けて走り出す。
「幸子!! あの人を頼む!!!!!!」
兄が鬼の腕を次々と切り落としながら私にそう叫ぶ。
「で…でも…!?」
この鬼を1人では無茶だ! 現にあの錆兎がやられてしまっている。ここは私たち2人で……。しかし、兄の目が一瞬私に向けられた時、そういえば兄はとても頑固だったことを思い出す。
「……っっっ!!!!!! 分かった!!!! お兄ちゃん!!!! そんな奴、こてんぱにやっつけちゃえ!!!!!!」
私の言葉に、兄はさらに鬼の腕を斬っていく。私は思いっきり足に力を込め、あの人の背を追う。
「フフフッ!! 心配しなくても、鱗滝の弟子はみんな俺の腹の中に入るんだ。あの白髪のガキもあの女のガキみたいに手足を引きちぎってそれから……」
ゴッ!!!!!!
鬼の言葉の途中で、何かが木に叩きつけられるような音が響く。私は咄嗟に後ろを振り返りそうになり、無理やり前を見続けた。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん…死なないでね…」
神様…どうか…どうかお願いします。私から…お姉ちゃんから…もう何も取らないでください。
「うわぁぁぁ!!!!!!」
祈るように…私はその人に襲いかかって来ている鬼に刃を下ろした。