第16章 私に向けられていた刺客と柱たち
「そうですね。もう任務に行かれても問題ないと思いますよ、幸子さん」
胡蝶さんが私の体を診た後、そう告げる。私はほっと胸を撫で下ろしながら、お礼を言った。
「いえいえ、私は何もしていませんよ。幸子さんが元気になられてよかったです」
胡蝶さんは普段の笑顔のまま私にそう言うと、何かを書き留めるかのように私に背を向けた。綺麗な紫の髪が彼女の顔にかかり、私からは彼女の表情が見えなくなる。
「…貴方が元気になったのは、ひとえに鬼舞辻の血のおかげなのですから」
皮肉なものですね…そう言う彼女の背から、鋭い怒りのようなものが感じられる。…私はまた鬼に近づいたのだろうか…。あの昏睡状態から目覚めたあと、彼女はこうして私から顔を背けることが多くなっていた。
「…本当に…貴方が目覚めてよかった…。傷の治りが早いからと言って無理は禁物ですよ」
だが、その怒りの矛先は私ではないということは、次に向けられた時の言葉と表情で分かった。柔和だがどこか影を含む普段の笑顔ではなく、私が必要以上に負ってしまった怪我に対して怒りを含んだような顔…。怖いけど…まるで母親のような温かさがある。こちらの顔が彼女の素な気がした。彼女の言葉に私は頷いた。
「はい…ありがとうござ…ふがっ!?」
「そうでなくとも、貴方方兄妹はすぐに無茶をするのですから」
私の鼻を摘み、そう胡蝶さんは言った。少し眉を釣り上げる彼女に私は慌てて頷く。
「き、気をつけます…!!!! 兄にも私からきちんと言って……」
言い訳のように聞こえる言葉を口にしていると、不意に胡蝶さんから悲しみの色が出ているのに気づく。言葉を止め、彼女の様子を伺っていると、私に視線を向けた胡蝶さんが口を開いた。
「貴方方は私の姉に似ていますからね。鬼に同情してしまう優しさを持っている」