第13章 那田蜘蛛山 ~刺激臭~
「さあ、冨岡さん。退いてくださいね」
胡蝶さんが冨岡さんに刀を向け、そう言い放つ。涼しい笑みとは対照的に、瞳がじろりとこちらを向く。暗闇に輝く2つの瞳は…鋭いものだった。下手に動けば気絶させられる…私も兄も動けないでいた。その中で、冨岡さんが口を開いた。冨岡さんは柱だ…鬼を守る私達を庇ってしまい…彼の今後は大丈夫なのだろうか……
「俺は嫌われていない」
「…………」
「…………」
……あ…気になっていたのはそっちなんですね。私は気まずい思いがし顔を逸らすと、胡蝶さんも兄もなんとも言えないような顔をしていた。
「あぁそれ…すみません。嫌われている自覚が無かったんですね。余計なことを言ってしまって申し訳ないです」
「……………!!」
「……………!!」
胡蝶さんの言葉に衝撃を受ける冨岡さん。あたふたとしていると、胡蝶さんがこちらを向いた。まるで内緒話をするかのように口元にそっと手を当てて、彼女は言った。
「お久しぶりです幸子さん。随分無茶をされたようですね。すぐに手当をしますから、少し待っていてください」
ニコッと笑う胡蝶さん。私がなんと返せばよいか分からず頷いていると、胡蝶さんの視線が兄へと向く。
「それに坊や。坊やが庇っているのは鬼ですよ。危ないですから離れてください」
「ち…違います!! いや、違わないけど…あの…妹なんです。俺の妹で……それで……」
「まぁそうなのですか可哀想に……では」
ゾワっと産毛が逆立つような感覚を覚える。胡蝶さんは顔色を変えず涼しい顔で刀を抜いた。
「苦しまないように優しい毒で殺してあげましょうね」
「……動けるか…」
兄は恐怖に固まった顔で胡蝶さんを見て、胡蝶さんに耐性があった私は姉を抱き抱える。子の人はまるで毒のようだ。毒のようにじわじわと相手を追い詰める。味方の時はそれが心強いと思っていたが……敵対するとこんなにも…。
「動けなくても根性で動け。妹を連れて逃げろ」
「と…冨岡さん…!!」
その言葉を背に、私は兄の手を引き走り出した。兄は走りながらも冨岡さんを振り向く。
「すみません!! ありがとうございます!!」
私たちは走った。しかし、逃げたところでどうするというのだ…。ズキズキと傷が痛んだ。