第11章 嘴平伊之助
案の定、その夜嘴平さんは熱を出した。お医者様の話だと、折れた肋を酷使しすぎたことと慣れぬ場所の疲労もあるのではないかということだった。私は彼の額の上に濡れた布を置く。すると、気持ちいいのか目を細める嘴平さん。私は呆れてしまい、ふぅっと息を吐いた。
「伊之助、大丈夫か?」
「あ? 何言ってやがる!! ンなもんこの嘴平伊之助様にとっちゃ……イテェ!? いや痛くねぇ!!!!」
私は起き上がろうとした彼の頭をデコピンした。安静にって言われたでしょう。
「お兄ちゃんも我妻さんももう休んで。嘴平さんは私が見るから」
「だが……」
お前一人じゃ大変じゃないか、俺も見ると言い出しそうな兄が私の顔を見て言葉を止める。お兄ちゃん…貴方も一応けが人でしょう…と言わずとも伝わったのか。兄が苦笑して、私に頷いた。
「………分かった。でも、伊之助の熱が引いたら、幸子も休むんだぞ」
「うん。ありがとうお兄ちゃん」
そして、兄と我妻さんにおやすみと言うと、2人はそのまま布団の中に入る。我妻さんは数分後、すやすやと寝息をたてた。寝つきはいい方のようだ。
「…………おい」
熱が少し上がりかけており、目が虚ろになった嘴平さんが不意に私に声をかける。私は小声で返事をした。
「……寝ねぇのか?」
「嘴平さんがちゃんとお休みしたら寝ますよ」
「………そうか…」
熱が出て心細くなったのだろうか…、掛け布団をぎゅっと握る嘴平さん。
「眠れないのなら…何か歌でもどうですか?」
少し冗談めかして私はそう提案した。止めろ、ガキじゃねぇんだ…そのような答えが返ってくると思っていた。しかし…
「……ンーんんーンんーン…って歌知ってるか?」
意外にもそう言う嘴平さん。………今…嘴平さんは歌ったのだろうか…。なにせ、語尾に独特な上がりの癖があるし、リズムもバラバラなのですぐにはそれが歌だと気づかなかった。しかも、歌詞もないため、残念ながら私にはどの歌か検討もつかない。私が謝ると、嘴平さんはぷいっと横を向いた。その背からでも分かる落胆っぷりに、私は慌ててこう提案し直した。
「あ、あの…私が知っている歌を小声でよければ歌いましょうか? もしかしたら、その歌があるかもしれませんし」
微かだが、こくんと頷いているように見えたため、私はその夜嘴平さんが寝るために歌を歌ったのでした。