第1章 首飾り
屋敷を囲うように鬱蒼と茂る『漆黒の森』。
駆けていた馬が急に棹立ち、ぐいと向きを変えたのだ。
そこには、女が倒れていて………。
ナポレオンは馬から降りると、彼女の傍らに膝まずいた。
ほんのりと蒼みがかったような灰の髪
傷だらけではあるがきめの細かい白雪の肌、すこしばかり血色を欠いた唇………。
この女は………、誰なのか。
髪についた小枝や枯葉を取りながら、その思考が脳裏をかすめた。
額に掛かっていた髪を払うと、突然瞳が開かれ彼の手を掴んだ。
彼女の瞳は、磨き抜かれたサファイアのよう。
その穢れのなさに、胸が痺れた気がした。
「大丈夫だ。俺は、お前を傷つけないから」
ナポレオンに支えられて、ゆっくりと立ち上がる。
直後、ふらついた身体を抱き留めた。
「ほら、手を出せ。………帰るぞ」
「は……はい」
おずおずと、既に馬上の青年の手にちいさなその手を重ねる。
ぐっと引き寄せられ、気づけば彼の腕の中。
「あなたのお名前は………?」
「ナポレオンボナパルト。………お前は?」
「アズリ………、です」
「じゃアズリ、そのまましっかり掴んでろ。すこし飛ばすぞ」
「は………はい!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しばらく駆けて、駆けて。屋敷へとたどり着き。
先に降り立つと、彼女の腰をつかんで抱き留めた。
「………行くぞ」
「は、はい」
ふたたび手と手が触れ合ったとき、なにかが始まる音が聞こえた気がした………。