第8章 転機
「わかった、先に行け。私もすぐに追い付く。」
「行くよ!」
「え、は、半兵衛くん…!?」
私の手を引いて、半兵衛くんは一気に走り出す。官兵衛さんを、置いていくの…!?そんな事を聞いてる暇もないくらい、全力で手を引かれた。
顔だけ後ろを振り返ってみるが、光秀さんと向かい合う官兵衛さんの姿は直ぐに木立のあいだに隠れて見えなくなってしまった。
「はっ…はぁ…!」
「もう少し、頑張って…!」
なんだか、足がフラフラする。今にも縺れてしまいそう。けれど止まってる余裕なんて無い。後からは織田の軍勢が追いかけてきているのが音で分かったから。
やがて、開けたところに出た。…が、そこは崖だった。吹き上げてくる風に、ふるりと身震いする。直ぐに引き返そうとするにも光秀さん達に逃げ道は塞がれてしまった。
「さて…もう逃げ場はありません。さぁ、彼女をこちらへ渡しなさい。」
目の前に迫る兵達が、ジリジリと距離を詰めてくる。…今ここで私が、彼らの元へ行けば半兵衛くんは助かるだろうか。一瞬そんな考えがよぎり彼を見ると、小さく首を横に振った。
「……ねぇ。今から何があっても、僕を信じてくれる?」
「え…?」
半兵衛くんの声は、とても優しく私の耳に響く。そしてゆっくり手を取られ鼻先がぶつかりそうなほど顔の距離が迫る。私の頭は熱に浮かされ言葉の意図を理解すら出来ずただぼんやりと、吸い込まれそうなほど綺麗な瞳に釘付けになった。
「愛してるよ。…心の底から、君を愛してる。」
「はん、べえくん…?」
「本当は君を連れてどこか遠くへ行きたかった…秀吉様も、戦も、何も関係の無い所へ…。」
切なそうに眉を寄せ、半兵衛くんの腕が、私の体をそっと抱き締めた。表情はもう、見えない。
「でも、ごめん……どうやらここまでみたいだ。僕だけじゃ、君を守る事なんて出来ないみたい。」
「……半兵衛。あなた、何を…。」
「光秀…僕は彼女を君に渡すつもりなんて、これっぽっちもないから。誰かにちゃんを渡すくらいなら……ここで、一緒に死ぬ事を選ぶよ。」
一際強く私を抱き締めた半兵衛くんが、私の耳元へと唇を寄せ光秀さん達に聞こえない声で囁いた。
「しっかりと捕まっててね。」
「……え?っーーきゃあああ!!」
刹那、私の身体は半兵衛くんに抱き締められたまま崖の下へと落ちていった。