第8章 転機
足に枝が引っ掛かり転びそうになった所を、後から伸びてきた腕が私の手首を掴み引き寄せてくれることで倒れずに済んだ。私は直ぐに振り返り、支えてくれた官兵衛さんに頭を下げる。
「…無理に急ぐな、ゆっくり歩け。」
「すみません、ありがとうございます…。」
「うーん、やっぱり山歩きは辛い?ちょっと休憩しようか?」
「いや、気にしないで……ー今、足音しなかった?」
私達が今、立ち止まっているにも関わらず枝を踏む音が微かに響いた。厄魔…ならもう少し呻き声を上げてくる、よね。だとするとやっぱり人間?それとも野生動物…?私達は警戒するように背を向け合う
張り詰めた空気の中、木の陰から姿を現したのは見覚えのある、真面目そうな雰囲気の男だった。そしてその男の合図で突如森から、武器を手にした兵達が私たちを囲う。…織田軍だ。昨日の今日でまた遭遇するなんて。
「え〜、やだなぁ、光秀さん。こんなにたくさんの兵を連れて来られたら、彼女が緊張しちゃうよ。」
「……やはり、驚きもしませんか。」
光秀…あ、明智光秀!?織田信長を裏切る、あの…!?そういえば初めて織田信長を見た時隣に居たっけ…。
「まぁ、そろそろ何か仕掛けてくる頃だとは思っていたからね〜。昨日もわざわざ利家相手に長秀さんを行かせたみたいだし。」
「えっ!?分かってたの!?」
「森に入ってから、ずっと怪しい陰がコソコソと動いていたからな。」
全然気づかなかった。少しずつこの世界に慣れてきたと思っていたけれど、どうやら私はまだまだらしい。ちょっと悔しい気もする。
「流石…両兵衛の名は伊達ではありませんね。ご健勝でなによりです。」
「ふっ、あなたは相変わらずあの魔王にこき使われているようだな。」
「…昔の親交を深めたい気持ちもありますが、今は時間が無いので単刀直入に言いましょう。」
不意に玉虫色の瞳が私へ向けられた。その透き通った色に射竦められ思わず身体が固まる。
「そこの女性を大人しくこちらへ渡して下さい。」
「そんなこと言われて、はい、どうぞ〜なんて言うわけないでしょ?僕たちの仲を引き裂こうとするなんて、馬に蹴られても知らないよ〜?」
にこにこと人懐っこい笑顔を浮かべる半兵衛くんに徐に肩を抱かれる。それから、一瞬で表情を引き締めると普段から想像出来ないほど鋭い声で、叫んだ。
「官兵衛!!」