第4章 日常
「結婚を諦めるつもりは毛頭ないからね!俺の事好きにさせてみせるから。」
真剣な眼差しに思わず心臓がどくりと強く脈打った。な、なに…今の。
「今ちょっとドキドキした?」
「し、してない!」
「嘘ー、顔赤くない?」
「赤くない!もう!」
「あははっ、可愛いなー。」
「三成さん達の手伝いして来る!」
ドキドキしたなんて、きっと何かの間違いだ。顔を覗き込んで来る秀吉さんの顔を避け、逃げる様にその場を走り去る。
それから三成さんと半兵衛くんの手伝いとして書庫へ向かったけれど、神牙の文字が全く読めず結局手伝う事は出来なかった。まさか日本語では無いとは思わなかったな…。利家達が戻ってから皆で夕餉を済ませお風呂も終えたところで風に当たろうと思い縁側まで足を運ぶ。が、先に先客が居た。
「官兵衛さん。今日はお疲れさまでした。」
「あなたか。秀吉様から話は聞いた。姫神子を探すらしいな。」
「はい、豊臣軍の皆さんに手伝ってもらうのは忍びないんですけど…。あ、隣いいですか?」
「あぁ、構わない。」
許可を得たところで官兵衛さんの隣に腰をかける。彼は相変わらず本を読んでいた。ちらっと覗き込んで見たけれどやっぱり何を書いてあるかはさっぱり分からない。
「…神牙の文字って難しいですね。」
「私たちにとっては親しみのある文字だから、その感覚は分からないな。あなたの世界では、どんな文字を書くんだ?見せて欲しい。」
「いいですよ。その本、官兵衛さんのですか?」
「あぁ。」
「じゃあ、本お借りしますね。」
手渡された筆と本を受け取る。利き手に筆を握り本の隅っこの方へ文字を滑らせた。
「…矢張り読めないな。何と書いたんだ?」
「黒田官兵衛、って書きました。官兵衛さんのお名前です。」
「成程。複雑な文字だな…非常に興味深い。」
受け取ったものを返すと彼はマジマジと私の書いた文字を見た。確かに漢字で書いたから少し複雑かもしれない。真剣な顔で本を見る官兵衛さんの横顔を見る。…目の下に、刺青があるんだよね。かっこいい。
「なんだ?」
「あ、いえ。かっこいいなと思って。」
「……な、っ!」
「官兵衛さんって凄く綺麗な瞳の色ですよね。宝石みたいに真っ赤。」
俄に目を見開いた官兵衛さんは口元を掌で隠してしまった。少しだけ覗く頬が若干、赤い。