第1章 ゆめうつつ
その掛け声を幕引きに一軍は引いていく。多分、今引いたのが織田軍だろう。豊臣軍も帰ったら私もここから離れよう。それまで身を隠して。今この時間さえ乗り切れば…!
「さてと…利家。」
「あぁ。」
槍を持った男が一歩一歩近付いてくる。気付かれた…!逃げる?いや、逃げる方が怪しい…?けれどこの死体が隣に転がってる状況ってそれはそれで分が悪い気がする。思考が追い付くよりも先に男の槍が私の潜む草むらへ向けられた。
「おい、出て来い!」
…逃げるのはもう無理だ。腹を括るしかない。私は大きく息を吸い込み気持ちを落ち着かせるとその場で立ち上がる。男達は綺麗な目をまん丸に見開いた。
「お…女!?」
「お、女の子!?おおーっ、意外な展開!しかも、変わった着物を着てるね…。」
私からしてみれば2人の格好の方が余程奇抜だが、ここが戦国時代だと言うのならアウェイなのは確実に私だろう。なんて声を上げていいか分からず視線を泳がせると、恐らく豊臣秀吉…?が私の隣に転がる死体へ目を向けた。
「…君がやったの?」
「いや、そこに転がってる奴はオレが殺った。その時女は居なかったと思うんだけどな…。」
「じゃあ何処から現れたんだろう?ねぇ、名前は?」
朗らかな笑顔で距離を縮めて来る豊臣秀吉に思わず1歩たじろぐ。
「あ…です。」
「いい名前だね。そんな怯えないでよ、危害を加えるつもりなんて無いからさ!」
新しいおもちゃでも見つけたかのように弾んだ声を上げた彼の手が顔へ伸びてくる。反射的にその手首を掴むも遅かったようで布越しの少し汗ばんだ指先が私の頬を優しく撫でた。豊臣秀吉と視軸が絡み、お互い黙ったまま見つめ合う。そんな奇妙な沈黙を新たな馬の足音が破った。
「ねぇ官兵衛、戦場に女の子が居るよ〜?」
「…秀吉様のあの目、確実に良からぬ事を考えている顔だな。」
「官兵衛、半兵衛、決めた!を城へ連れて帰ろう!」
連れて帰る!?こんな不審な相手を…!?私こそ驚いたが、周りはさして驚く様子すら見せなかった。白い髪の男以外は。
「な、何を仰るんですか!?こんな、どこの誰かも分からないような娘を…!」
「いいじゃない、三成。こんな場所に、女の子を1人置き去りにするわけにもいかないでしょ。見たところ馬も居ないしね。」