第3章 厄魔
どうする、逃げる…?いや、背を向けた途端飛びかかられたら死ぬかもしれない。幸いなのかは分からないけど化け物はたった1匹だ。…倒せる…?
私は刀の柄を握り深く深呼吸をした。相手の動きをよく見ろ。落ち着け、落ち着け…。
「グオォォオ!!」
再び咆哮した化け物が長い腕を振り上げて襲って来た。大丈夫、これなら避けられる。叩き付けるように降ろされた腕へすかさず刀を振り下ろす。ぼとりと落ちたそれは霧となって消滅した。…これなら怖くない!!
「よっと!」
横から薙ぎ払うように襲って来るもう一方の腕をジャンプで避け斬り払う。こうなってしまえば勝ちも同然だ。私は一気に化け物との距離を詰め腹から背へ向かい刀を通した。すると上半身と下半身で分裂したそれは奇声を上げながら霧散していく。刀を鞘に納め一息ついたその時。そう遠くない場所に人影が見えた。青みがかった綺麗な髪。腰には刀が有る。もしかして、武将…?だとしたらいいチャンスかもしれない。
思うが先にその人に駆け寄ると姿がはっきりと見えて来た。頭に……犬、みたいな耳がある?それに、右目に眼帯がある。この人はもしかして…。
「なるほど、お前が斥候が言っていた女か。」
「…貴方は?」
「俺たち人外を覚醒させる血を持っているのだろう。見せてみろ。」
「え……ちょっ、と!」
徐に手首を掴まれ身体を引かれる。咄嗟の事に判断が遅れ拒否する前に男に抱かれた。首元で小さく鼻が鳴り短く熱い吐息が触れ、びくりと肩が跳ねたその瞬間、細く鋭い牙が鎖骨近くの薄い皮膚を突き破った。
「っ、は……。」
「い、たっ……!」
一瞬で思考が固まった。味わったことの無い痛み。じゅっ、と血を吸われる音。噛み付かれた箇所から甘く痺れる感覚が怖い。突き飛ばす事も出来ず縋るように服を握った。
やがて唇が離れると熱い舌先が牙の突き付けられた箇所をなぞる。抱き竦められていた腕が解放されると、男の体が秀吉さんの時と同じように光り始める。
それが収まる頃にはその人の髪の色は鮮やかなグレーに変わった。
「…なるほど。確かに凄いな。」
何が何だか分からずただ首元の傷を抑える。まだ、ちょっとだけ痛い。その場に座り込み唖然とした顔で彼を見上げれば同じ目線になるよう屈みそっと手を握られる。
「俺と来い。ここにいればまた厄魔に襲われる。」